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モモ
保健師
ウェルビーイングについて発信。自治体で保健師20年余。早期に卒業。人生の目的:幸せ(ウェルビーイング)。ウェルビーイングは研究がなされ、エビデンスがある。それらを学び、幸せを育みながら生きて行きたい。私自身、半径5mの人がより幸せになれるように。思春期の娘2人。夫婦共に一人っ子。介護をする日も近いと覚悟している。

児童虐待:体験談から考える、私たちにできること

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児童虐待を支援する中で、知ってほしいと思ったことがたくさんありました。虐待をしてしまうお母さん、虐待と言われる状態で育つ子ども達。彼ら彼女らの ウェルビーイングのために、周囲の私たちはどうあればいいのか。

虐待?と思った時に、私たちはどうしたらいいのか。答えのない問題です。もし、身近にこんな家族がいたら、自分だったらどうするか。ぜひ、一緒に考えてみてください。

これはモモが出会った、多くの方々の体験を組み合わせて作った、事実を元にした完全なるフィクションです。

目次

りんごさん(23歳)のお話し

モモ

お話ししてくれるのは、りんごさん
お母さんと2人暮らし
企業で会社員として働いています

私は、今から思えばいわゆるネグレクトの状態で育ったと思います。

同級生から、からかわれたりすることもありました。

子どもの頃は早く大人になって、この家から離れて暮らしたい。
家族なんていらないって思っていました。
でも今は、いつか結婚して子どもを持ちたいなとも思います。

子どもの頃の生活

一人っ子で、母と二人暮らし。

私の家はいわゆるゴミ屋敷でした。

母の手料理を食べたことは少ないです。

夜は男性が来たりしていたから、
外にいるように言われて、
暗くなってからも公園でぶらぶらすることもありました。

母は理不尽に怒って、怒鳴ったり、暴力を振るうこともありました。

施設への入所について

何度か、学校の先生や児童相談所の人から、「施設で生活することもできるよ」と言われた事がありました。

それは、とてもとても嫌だった。
怖かった。怖くないよといろいろ説明してくれたけど、信じられなかった。
私は、知らないところで、知らない人たちと生活するなんて考えられなかった。想像もできなかった。

友達と、先生と…母と離れたくなかった。

小学校4年生の担任:トウコ先生

トウコ先生は、心の支えです。
今でも辛いことがあった時にはトウコ先生のことを思い出します。

クリスマス会に向けた準備の会の前のこと

クリスマス会に向けた準備会の前、トウコ先生と二人の時に、「サンタさんから何もらいたい?」と聞かれました。私は「何もいらないから、普通の家が欲しい」と言いました。トウコ先生の目は涙でいっぱいになりました。私は、まずいこと言ったと思って、「小さめの可愛いリュックが欲しい」と言いなおしました。

今から思えば、みんなの前で欲しいプレゼントを聞かれたら、私が困るってことを気づかって、配慮してくれたんだなってことが分かります。

お腹が痛い時に保健室で休んでいると、トウコ先生が保健室に来てくれて、「すごくよく効く薬だよ」と言いながら、ティッシュで隠したクッピーラムネをくれました。「先生、これがよく効く薬な訳ないじゃない!」って思いながらも、とても嬉しかったんです。このクッピーラムネは、今も封を開けずに持っています。今でもこのクッピーラムネは心の支えです。

トウコ先生は、先生から家のことをほとんど聞いてきませんでした。ある日、つい話したくなって、トウコ先生にいっぱい話して、いっぱい泣きました。先生はその時、「よく話しをてくれたね。ありがとう。つらかったね」って言って、ぎゅっと抱きしめてくれました。そして、「これからも話したい時は、いつでも話してね」「何かあったら、必ず教えてね」と言い、「りんごちゃんにとって、一番いいことをを考えたいから、今、話ししてくれたことを、先生が信頼している人たちに相談させてね」と言いました。そして、数日後、施設の話がありました。私は断りましたが、私の意見を尊重してくれたこと、学校の中に分かってくれる人がいる、理解者が何人もいてくれることを感じました。

その後も、特別扱いされることはなく、どの先生も今まで通りで、変わりない日々を過ごしました。でも、私自身の気持ちは違いました。私はクラスの中では、普通の女の子でした。学校にいる時は、よく笑っていました。本当に幸せでした。

周りの人の態度で嬉しかったこと・嫌だったこと

嬉しかった:近所のおばちゃん、みかんさん

近所のおばちゃん、みかんさんの、「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「いい天気だね」「寒くなったから、あったかくして風邪に気を付けてね」とか、かけてくれる少しの言葉がとても嬉しかったです。みかんさんが家の前にいなかったら、もう一回その道を通ったこともありました。

家で「チョットあった」時とかは、返事を返すことができないこともありましたが、次の日も変わらず声をかけてくれました。返事はできなくっても、声をかけてくれることはとても嬉しかったです。みかんさん、返事ができなくてごめんね。そして、ありがとうね。

嫌だった:近所のおばちゃん、キウイさん

近所のおばちゃん、キウイさんは、よく声をかけてくれました。夜、外にいると「早く帰らないと。変な人に連れて行かれるよ。お母さん心配してるよ」、遅刻した日に「お母さん、起こしてくれなかったの?」「お母さん昨日すごく怒っていたけど大丈夫?」。

今なら、心配してくれていたことがよくわかります。キウイさん、ありがとうございます。でも、子どもの頃の私は、お母さんのせいで私がかわいそうな子だと思われるのは嫌でした。お母さんのことを悪く言われるのはもっと嫌でした。だから、キウイさんにできるだけ出会わないように避けていました。

成長につれて、母の影響は少なくなった

 大きくなるにつれて、自分のことは自分でできるようになって、忘れ物が減り、学校で困ることが少なくなりました。

進学して、学校が変わる度に、家のことを知っている人は少なくなっていきました。今の職場では、誰も知りません。

普通に接する人が増えて、少しずつ私自身が変わっていきました。

今では、母と仲良く暮らしています。まあ、いろいろありますけどね。

よかったと思えることは、私と普通に接してくれる人がたくさんいたことです。学校では同級生たちがみんなと同じように、そりゃあ、いざこざとか、いじめとか、いろいろありましたが、学校はそれなりに居心地がいいところでした。今から思えば、先生方が配慮してくださってんだなぁって思うことがいろいろあります。その時にはわかりませんでしたけれど。そんな先生達、尊敬できる先輩、尊敬できない先輩、大切な友達、嫌な人たち…いろいろな体験ができたことが今の私をつくってくれていると思います。

通告する?通告しない?

ひどい状態でも
子どもにとって、「逃げる」という選択肢はないんだね

モモ

うん。だから、専門的な人の判断がいるの
その家で生きていけるかどうか

児童虐待の専門家:児童相談所とか市町村とかに通告するってことだね

通告していたのに、判断ミスだ!と思えるニュースも目に付くよね

モモ

そういうニュースが目に付くけど、りんごさんみたいに、長い目で見たら施設に入らなかったこそ、大人になって自立できて、お母さんとも上手く関係が持てるようになったって人も、たくさん、たくさんいるのよ

だけど、そんな人ばかりじゃない

モモ

そう。判断は簡単じゃない。だから、通告が大切なんです

でも、虐待じゃないかもしれないってこともあるよね
通告したら、逆恨みされるかもしれないし

モモ

そこは心配しないで
虐待かどうかの判断は難しいから、個人じゃ無理
心配なら通告して欲しい
通告した人が知られるのが嫌だと言えば、わからないように配慮してくれるよ

まとめ

・虐待かも?と思っても、特別扱いしない。普通に接することが本人にとってのウェルビーイングであることも。ケースバイケースなので、一人で抱えないで!

・虐待かどうかは、個人が判断するのは無理。心配なら専門家の支援につなげる為に通告を。

・通告は、通告者が望めば、わからないように配慮されるので、心配な場合はためらわないで。

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